Our vision and researchDNAイベントレコーディングを中心とした研究テーマカナダ・バンクーバーのUniversity of British Columbia (UBC) に拠点を置く私達のチームでは、哺乳動物の合成生物学研究を進めています。発生や悪性腫瘍の形成など、哺乳動物の生命システムは複雑な細胞への分化とそれらが協奏する集団の進展によって支えられています。しかしながら、現代生物学はこのような複雑なシステムのダイナミクスを限られた解像度でしか捉えることができません。近年の高速分子計測技術群は、細胞、組織や個体における分子状態のスナップショットを網羅的に捉えることを可能にしましたが、これらの技術は対象とする試料を破壊してしまうために同一試料の分子ダイナミクスを大規模に計測することができません。このような課題を解決する一つの新しい方向性は、細胞の内部あるいは環境状態を「遺伝可能な人工ポリマー (つまりDNA)」に記録するようなデバイスを細胞に搭載し、細胞試料を破砕して解析する際にその試料の過去の時系列状態情報を読み出すというものであると考えています。私達の研究室ではこのような「DNAイベントレコーディング」に関連するテクノロジー開発を行い、多細胞生物の全身発生を支える細胞系譜、がんの進展やES細胞の分化などにおける細胞クローンの分子プロファイル動態、タンパク質相互作用ネットワーク動態を理解しようとしています。センサー(sensor)として様々な生体内イベントを検出する遺伝子回路、情報書込み技術(writer)としてのゲノム編集、情報書込媒体(storage)としての人工DNA、DNA情報読出し技術(reader)としての核酸シークエンシング、大規模コンピューティング技術を開発しています。 DNAイベントレコーディングに関わる私達のPerspective論文: Masuyama N, Konno N & Yachie N. Molecular recorders to track cellular events. 具体的な研究テーマには以下のものがあります: 新しいゲノム編集技術の開発 2021年秋に羊土社より「超生物学—次のX」が出版されました。詳細はこちらをご覧下さい。一部の章が読めるようになっています。 ゲノム編集プロジェクト![]() CRISPR/Cas9の登場によって、染色体配列を編集する自由度がさらに上がりました。また不活性型(またはニッカーゼ型)Cas9に様々な活性をもつ酵素ドメインを融合させるアプローチが登場し、転写因子やエピゲノム修飾因子などを自在に染色体に誘導することも可能になってきました。この中でも特に脱アミノ化反応を利用することで自在にゲノム配列にC•G→T•A変異やA•T→G•C変異を高効率に引き起こせるようになりました。これはゲノムのプログラムコードを直接書き換えることであり、薬剤などによる遺伝子発現誘導系のような完全な制御を実現できない従来型の手法を遥かに超えて、細胞における精緻で複雑な機能発現のプログラミングが可能になることを意味しています。私達の研究室ではこのような新しいゲノム編集ツールの探索、開発、利用による新しい遺伝学のフレームワークを構築するプロジェクトがあり、別の生物学の課題に取り組む他のプロジェクトを支えています。 Sakata RC, Ishiguro S, Mori H et al. Base editors for simultaneous introduction of C-to-T and A-to-G mutations. Nature Biotechnology 38, 865-869 (2020) PDF Nishida K et al. Targeted nucleotide editing using hybrid prokaryotic and vertebrate adaptive immune systems. 細胞系譜プロジェクトいかなる動物の発生もひとつの受精卵からスタートし、細胞は分化と分裂を繰り返しながら様々な器官を形成し、個体を作り上げます。この過程において生み出される細胞の機能は複雑に交差し、協奏する無数の細胞が生物個体を形成します。もし細胞がどのように分裂を繰り返し、どの器官に到達するかという完全な系譜を得ることができれば、それは体系的に発生研究を進める骨格情報になります。このプロジェクトでは細胞に導入する人工的なDNAバーコードの配列をゲノム編集によって経時的に変化させるというアイディアを発展させ、シングルセル技術などをもちいて哺乳動物の発生を高解像度に捉えられるような細胞系譜トレーシング技術を開発しています。これによって発生研究の基盤となる哺乳動物体細胞系譜リファレンスを得ることを目指しています。 Konno N et al. Deep distributed computing to reconstruct extremely large lineage trees. インタラクトームプロジェクト![]() ヒトの疾患は単一の遺伝子や単純なパスウェイの損傷としてではなく、その殆どは複雑な細胞内ネットワーク全体の不全として考える必要があります。近年、患者個人のゲノム変異情報を細胞内ネットワーク情報にマッピングすることで病態予測や予後予測の精度が向上すること、疾患関連変異が他のゲノム変異に比べて有意に多くのタンパク質間相互作用を阻害することも分かってきました。このような研究を支えるためには、より高速に様々な条件で網羅的なタンパク質間相互作用情報(インタラクトーム)を取得する必要がありますが、複数のタンパク質による複合体の形成を翻訳後修飾、変異、個人差、環境条件など様々な条件下で試験しようとするとその実験数は組合せ爆発を起こします。このプロジェクトでは遺伝子へのDNAバーコード付加、バーコードフュージョン(DNAバーコードの連結)と次世代DNAシークエンシングによって実験スペースが多次元に及ぶスクリーニングを多重化して高速に試験できる手法を開発し、タンパク質複合体が関わる様々な生物学を研究しています。 Yachie N and Petsalaki E et al. Pooled-matrix protein interaction screens using Barcode Fusion Genetics. Molecular Systems Biology 12, 863 (2016) PDF バイオインフォマティクス私達の研究室では様々なバイオインフォマティクスプロジェクトが走っています。その中には他のプロジェクトを支え、そのデータ解析のために新しい手法を編み出すものと、全く独立なバイオインフォマティクスの課題として進めているものがあります。例えば、ゲノム編集プロジェクト、細胞系譜プロジェクト、インタラクトームプロジェクトのために次世代DNAシークエンシングによって得られたDNAバーコード情報やそのゲノム編集の編集パターンを解析するもの、巨大細胞系譜や進化系統樹を並列分散コンピューティングによって解析するフレームワークを開発するもの、大規模ゲノムリソースから構造化DNA配列を抽出するものがあります。 Mori H et al. Fast and global detection of periodic sequence repeats in large genomic resources. Konno N et al. Deep distributed computing to reconstruct extremely large lineage trees. この他にも、ロボティクスによる生命科学実験の自動化、DNA合成技術を応用したDNAデータストレージ研究、ゲノム編集による試験管内人工回路構築を応用したDNAコンピューティングについて考えています。 Yachie N, Robotic Biology Consortium & Natsume T. Robotic crowd biology with Maholo LabDroids. Mori H & Yachie N. A framework to efficiently describe and share reproducible DNA materials and construction protocols. メンバー募集当研究室では現在、リスクをとって多分野の技術を組合わせたバイオテクノロジーを一緒に開発するメンバー、学生を募集しています。詳細はこちらをご覧下さい。 |